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2021年11月、知人の画家さんと雑談をしていて、何となく「絵を描くのもいいな」と思いました。
でも、それまで絵心など全く無かった僕が画材道具など持っているはずも無く、ましてや揃えようなど思いもしません。
ただ家にあったマーカーと画用紙を見て、「ああ、これで描けばいいんだ。別に他人に見せるわけじゃないし」こう考えて、マーカーとボールペン何本かで画用紙に向かいました。
これが始まりでした。
こうして自分の気の向くままに画用紙のスペースを埋めてゆくと、
なぜか次々に「こうしてみたい」「こういうのはどうか」という思いが湧いて来ます。
そこで「こりゃ1作品では足りないぞ」と思いました。
そして気が付けば仕事の合間に描いているにもかかわらず、毎月1枚のペースで作品が完成していきました。
始まりには何の前触れも無く、特別なインスピレーションや感覚(見えないものが見える、聞こえる、手が自動的に動く)などといったことは一切ありません。
ただ、作品の構想を考えたり、画用紙に向かっていると楽しくなって結局形になっている、といった感じです。
絵心が全くないと記しましたが、これは本当の事です。
中学校を卒業したときに「これでもう美術なんか全然やらなくていいんだ!」と肩の荷を降ろしたような気分でした。
それから半世紀、自主的に絵を描くことなど一切無く、ましてや人様にお見せするなど考えもしなかったのです。
ですから2021年の秋からの大変化は、僕の周囲に複数のスピリットの存在がいて、
それらが僕に手を差し伸べてくれているように思えてなりません。
それらは喜びの存在であり、画用紙上に集まって皆でお祭り、Festivalを繰り広げているみたいです。
ありがたいことに僕はそのFestivalに3次元担当として仲間入りさせてもらっているように思えるのです。
その3年ほど前、僕は還暦を前にして生活設計に行き詰まり、一切のものを手放して独りになって冨士に転居しました。
経済的にはマイナスの限界からの再スタートを余儀なくされていたのです。
日々の生活は常に最低限で何とかこなし、娯楽も移動も制限され、毎日を不安の中で過ごしていました。
そしてその不安に押しつぶされないよう、何とか必死に自分の気持ちを支えていました。
そうすると少しづつ自分を本当に大切にすることに気付きはじめ、やれることにコツコツ取り組んでいるうちに、このアート制作がいきなり何の前触れも無くやってきたのです。
そしてこれも何気なしに作品をネットにアップしたところ、応援してくださる人たちが1人、2人と現れてきたのです。
その人たちは、他のアートのジャンルで大きな実績のあるプロの方もおられれば、音楽分野での飛躍を目指しているグループ、そして古くからの学びの仲間、ネットで作品を見て興味を持ってくれた、それまで会ったことの無い人たちなど、幅広い背景を持った人たちです。
アート制作が始まったのも不思議なら、応援してくれる人が次々と現れることも本当に不思議です。
この奇跡のような出来事、そしてこれに関わるすべての人たちのことがとてもありがたく、深く感謝している次第です。
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藤本 伸樹
1958年 山口県生まれ。
大学卒業後は複数の製造業にて営業職としてのキャリアを積む。
50歳の頃、父親の死を契機にそれまでの理論重視の価値観を大きく変えることになる。
その後、ビジネスの流れが大きく変化し、接客業、タクシードライバー等を経験。
2018年より冨士市にて配送業の個人事業。
画業は全く経験が無く美術の専門教育も受けていなかったが、2021年11月、何気なく自由に描く気になり、手近にあったボールペンとマーカーだけで第一作を制作。
それ以来、湧いてくる着想を次々に作品にしている。 |
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