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志呂神社(しろじんじゃ)は、志呂宮(しろみや)とも呼ばれる。
旧社格は県社。福徳成就・安産・厄除けの福徳があるとされる。

<創建> 美作国が備前国から分国した和銅6年(713年)に、弓削庄27カ村(現在の岡山県岡山市北区建部町のうち旧久米郡福渡町の範囲、および久米郡久米南町)の総氏神として祭られたと伝えられている。

<境内>
本殿:中山造より発展した3間4面(実尺は4間×4間)の総欅造の出向拝を備えた入母屋造妻入で、各所に彫物が施されている。1848年(嘉永元年)再建。中山づくりより発展し総檜造り、昭和46年に銅板葺きに。




事代主命(ことしろぬしのみこと)
大己貴命、猿田彦命ほか四柱を相殿に配祀。


■歳旦祭(1月1日)


■夏越祭・輪潜祭
7月最終土曜日
夏越とは、病気などにかかりやすい夏を無事に越そうというもの。人形に名前を書いたものを持ち、拝殿向拝の柱につけられている茅を一本にして束
ねた2メートルくらいの輪(茅の輪)をくぐって参拝。この輪を抜けることによって、いろいろな罪、けがれを祓い、後の半年を息災に暮らそうとする神事。



■宵祭
秋の大祭の前日(10月19日)
宵祭として棒遣いと獅子舞が全戸をお清めに廻る。棒遣いで、棒と棒をカーンカーンと打ち合わせて音を鳴らすのは、邪気を払うためである。

■例祭(秋祭、10月20日)
10月20日の秋祭では、京尾御供の供進に続いて式典が行われる。午後一時過ぎになると祭神の「お旅」が行われる。お旅所は境内に隣接する馬場の西はずれ。本社および末社伊都岐神社の神輿各一体と幟、弓、鉄砲、棒遣い、獅子、金幣、供物などの供が従う。棒遣いと獅子は神輿の先払いを勤め、神輿へ神霊遷し(みたまうつし)が行われると拝殿前でひとしきり練り、お旅所まで練りながら進む。本社からお旅所までは約100メートル。お旅所に着くのは午後3時ころ。この間、神輿は境内を所狭しと練り回り、棒遣い、獅子舞は熱演を繰り返しながら進む。
獅子舞は、神楽(かぐら)と呼ばれ下神目地区の上組が受け持つ。
棒遣いは、中組と下組が受け持つ。
輿台に神輿が据えられると、献餞、祝詞、玉串奉奠などの神事が行われる。その際も棒遣い、獅子舞が演じられる。
神事が終わると、神輿はお旅所の輿台を離れ、再び拝殿まで戻る。そして、祭神を本殿に戻し、祭りは終わる。



■大祓・歳越大祭・火祭(12月31日)









■志呂神社御供
重要無形民俗文化財(岡山県指定・1957年(昭和32年))
通称「京尾御供」と呼ばれ、志呂神社の秋祭(10月20日)に、久米南町京尾の氏子から供えられる神饌行事。だんごでつくった「フト」と称する女陰を形どったもの3個と、男根を象徴した「マガリ」1個、餅でつくった「丁銀」3個、それに米飯一盛、柚子1個、箸1膳、榊葉若干を三方に盛った7膳の熟饌が調整され、御幣を立てた唐櫃にいれて御供所に運ばれ、紋付袴に榊葉を口にした7人の頭人によって供饌される。

■志呂神社の棒遣い 
建部町指定無形民俗文化財
志呂神社の棒遣いは、秋祭りで奉納される宮棒と称せられるお祓いの神事。災難を打ち払い悪魔・悪霊を退散せしめ無事安泰を願う祈りであり、呪術である。
棒の型は、「しんかた」「やまゆき」「こいのみずいれ」等があるが、垪和郷に興った武道竹内流棒術の所作もちり入れるなど伝承過程の中でさらに工夫が加えられきたと推測される。
演者は草鞋に手甲と動き易い装束で、胸当には社紋を印して御神威を示し、鬼面・天狗面は人間を超えた強さを表し、六尺の欅の棒を戛然とうち交わして魑魅魍魎を払い清めるという。
この棒遣いは、1980(昭和55)年保存会を結成、神楽(獅子舞)とともに後継者の育成・保護・伝承に努めている。
保存:下神目神楽棒遣い保存会





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